独り言シーズン5


by hisaom5
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「休みの日」の使い方

土曜日は次男の幼稚園の運動会。昨日の日曜日は小学生の長女のバレーボールの試合。両者とも朝からほぼ一日中参加した。三連休最終日の今日は台風で、現在雨のピーク。大雨が降っている。

土曜日の運動会は午前中でおわり、昼からは2時間ほど走り、夕方からは幼稚園の父親どうしの飲み会に参加した。日曜日は少し離れた小学校まで妻と子どもたちを送り、試合をいくつか見て、弁当の買い出しにでかけ、さらに試合をみて、自分たちの小学校に帰ってきて子どもたちの練習に付き合った。そんなことが、さしたる不満もなく楽しみながらできている自分に驚く。一方で「堕落したものだ」と嘆く。

「サイエンティストたるもの、1年365日、1日24時間、常に研究のことを考えていなければならない、考えているものこそが真のサイエンティストである」、という思いがある。若い頃はそれができていた、気がする(実際はそうでもなかったと思うが)。少なくとも家族ができるまでは、自分の時間はほぼすべて研究とともにあった、気がする(実際はそうでもなかったと思うが)。

家族ができ、子供ができると、週末は子供の相手をしなければならない。自分の為に時間が使えなくなる。それに慣れるまでにはかなり時間を要した。(暦の上での)休みの日というのは、自分のために使えない時間であることに納得し、それに積極的にエネルギーを使えるようになるにはかなりの時間を要した(まだ完全にはできていないが)。そしてそれに慣れてしまったら、逆にサイエンスのために休日を使う気持ちがなくなってしまった。それは大きな堕落だと思う。

どのあたりがその転機だったのかと考える。年をとったこともその人の理由かもしれない。長女達がバレーボールがうまくなり、見ていても楽しめるようになったからかもしれない。ただ自分なりに分析すると、それは、週末に(研究以外で)自分のために使う時間が生まれて(許されて)からのような気がする。

ここ数年、週末に1人で運動するようになった。まずは自転車、次にジョギングである。また、週末にパソコンで動画を見て楽しんだりする時間も持つようになった。そうやって、週末に自分だけの楽しみを見つけられるようになって、自分で自分の時間をコントロールできるようになってから、私のライフスタイルに対する考え方が変わった気がする。

もちろん、今でも仕事が切羽詰まった状態になると週末も仕事をする。しかしこれは、自身で能動的に行っている仕事ではない。どちらかと言うと締め切りに追われ受動的に行っている仕事である。受動的に行っている仕事の内容がどれくらい優れているかも、その人がどれくらい仕事ができるかを決める要素ではあるが、やはりサイエンスを行っている者にとっては、自分が自分の意志で切り開く、能動の部分が重要であろう。

「もっと頑張れ」と普段から言っているくせに、そういう休みの使い方じゃダメだと思いつつ、そこから得ている精神的安定があるのも間違いない。どういう人生を選ぶかという問題だと思うし、私の今の状況ではそれを自らの意志で選択できるという点では幸せなのだろう。自分としてはあくまでもサイエンスを中心にハードな選択をしたいと思ってはいるが、まあそう簡単ではない。

「自分の敵はたいてい自分」、なかなかそれに撃ち勝てない。この先私自身はどういう選択をするのだろうか。


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by hisaom5 | 2014-10-13 19:44 | 日記