独り言シーズン5


by hisaom5
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話題の小保方さんが女性だという部分をマスコミが取り上げることに対して「差別的」だという人がいるが、ありゃ「アイドル」だ。マスコミが彼女のアイドル性を見つけてしまったのだ。だから取り上げるのは当然。

今日もダイエットの空腹を抱えながら(頭も働かなくなってきた感じがする)実験実験。昨日の結果を家路によく考えてみたら、なんか大したことないように思えてきたり。ただ実験した分だけどこかには進んでいる。この感じが大事だ。

今しばらくこの感じで実験を続けるのだ。
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by hisaom5 | 2014-01-31 18:45 | 日記
今日は同僚たちと、例のSTAPという細胞の話で持ちきりだった。

今週、「リセットダイエット」というのをやっている。腹が減ってしょうがない。ひもじい。普段どれだけ「口さみしい」ということで口に食べ物・飲み物を運んでいるかが分かる(だから痩せないのだ)。それをやめるだけでも多分だいぶ違うんだろうなぁ。ダイエットのせいか、今週なんか長い。一日も長い。

思いつきで仕掛けた実験が、結構面白い結果を出してきた。もちろんSTAPみたいなインパクトはないけどね。自分的に面白い。だけど世界の誰が他にオモシロイと思ってくれるかは全く未知。もうちょっとデータをためて学会で発表してみようと思う。

Mac標準のキーボードを濡らしてしまい壊れたので、ちょっと高級なキーボードを買ってみた。かなりストロークのある古いタイプのキーボード。Macのキーボードに慣れてしまうとこれは疲れるしうるさくもある。書き物のプロ(?)だったらこれくらいのキーボードを買わなければならないと思ったのだが、失敗したかな。

英語で論文を書いてみたらまた違うんだろうか。なんか最近、買い物に失敗するケースが頻発している気がする。気をつけなければ。
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by hisaom5 | 2014-01-30 18:12 | 日記

概念を覆す研究

分化した動物の細胞をストレス下におくだけで、初期化が起き多能性を獲得するという研究が発表された。まさに常識を根底から覆す発見だ。iPSで覆った常識の、さらに上を行く発見である。

植物細胞は分化の多能性を持っていて、成長した個体から細胞を取り出して脱分化させ、再び個体を得ることができる。ところが動物はそれができない・・・というのが教科書の常識。

それが覆ってしまった。しかも、それができる事で広がる「治療」の未来は壮大である。

iPS細胞の時にすでに感じていたことはあるが、常識を覆し壮大な未来を開く研究を見せつけられると「俺は何をやっているんだろう」とショックを受ける。自分の研究対象がとても小さなものに見えてくる。

一方で、ノーベル賞を取るような研究というのは、既存の概念を根底から覆したり、これまでになかった新事実を発見し、そこから急速に新しい学問分野が作られるようなたぐいのものである。

前者は、「既存の概念(常識)」が形成されるまでの長い地味な研究があってこそ成り立つものであり、後者では新事実の発見に続く「新しい学問分野」での多種多様な研究が追随したからこそ、その発見技術が評価されたわけである。

いずれにせよ言えることは、巨大なインパクトをもつ研究がありえるのは、その周辺の膨大な・地味な研究があってこそだということだ。そして、研究者全員が巨大なインパクトを持つ研究を指向することは、上記の話からしてありえないことが自明である。

そういうわけで(?)今日も私は地味に自分の研究に邁進するのだ。
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by hisaom5 | 2014-01-30 11:38 | 日記
さきがけアドバイザーのK先生と話していて、いろいろ吹っ切れるところがあった。今後の研究をどう展開していくか、一旦ビジネスモデルをリセットして、もう一度自分のやりたいことをじっくりと考える機会にした方が良い気がした。

論文を刻まなければ(数がなければ)成果がないとされる。しかし、K先生ご自身の体験はそれとは全く逆だ。本当に後に残るオリジナリティの高い仕事をやってしまえば、刻む必要などない。「ポジションは向こうからやってくる」らしい。

学位をとったりポジションを得たりするためには、どんな論文でもとにかく発表しておかなければならない。学位の期限やポスドクの雇用期限など、時間は待ってくれない。

ひるがえって今の私はどうだ。時間はたっぷりある。この数年のように張り付いて指導しなければならない学生もいない。実験テーマのグレードを下げて刻む必要はない(これはこれで論文の数は出たのだが)。

今までの研究成果の少し先にある解きたい謎に関して、実験をいくつか計画してそれぞれを行っていくという積み上げではなく、思いをもっと外側に巡らせてこれが解けたらメチャ面白いというテーマを探して実行する。

再びそのステージに立てている気がする。思えば数年前に今のテーマと出会った時には、ものすごく興奮した。今それを続けてはいるが、当時の興奮はない。再び自分を奮い立たせてくれるようなテーマをもっとじっくりと探すべきだし、それを実行していい場所にいる。それに気がついた。

歳をとるとアイデアが枯渇する?

K先生を見ていればそんなことはない事がよく分かる。じっくりと考えなくなっているだけなのだ。

アイデアを実現してくれる学生がいない?

本気でやりたいものなら自分でやったほうが早い。お金もかからない。他人に任せられるテーマなんて、本当にやりたいものじゃないんだ。

学生の指導が基本になっている研究室だとそんなことを言っていられない(学生がよっぽど自立していない限り)。PIが気持ちよく研究するスペースだってなくなる。

今私に与えられている境遇は、科学者としてなんと素晴らしいものなのだろうと心底思った。この一年はその「ビジネスモデルの転換(あるいは復元?)」に気づいていなかった。

「ラボに入ろうプロジェクト + K先生とのお話」は、今後の私のサイエンスの舵取りを大きく変えるかもしれない。
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by hisaom5 | 2014-01-25 10:11 | 雑記
21日の北九州のシンポジウムから怒涛の4日間だった。自分的にはよく頑張ったと思うが、「いやいやこれをコンスタントに続けなければダメだろう」と、もう一人の自分が言っている。

21日は北九州でシンポジウムに呼ばれ、フラッシュプレゼンとポスター発表、パネルディスカッション。どちらかと言うと「交流」が目的のシンポジウムであり、夜のイベントが大事。ガッツリと盛り上がった。帰りにはみぞれが降っていてとても寒かった。

次の日は朝の新幹線に乗って帰岡。そのまま仕事。夕方には実家に行き帰っている父と長兄とドカ飲み。日本酒何合飲んだんだろう。

次の日(昨日)の朝に自宅に一旦帰り、ラボに行ってから大阪へ。今週の、いや今月の山場?、「さきがけ」の私担当のアドバイザーに「卒業発表」を聞いてもらう。

このK先生は、さきがけの間ずっと私を絞ってくれた。何度か彼に見てもらうためにプレゼンを用意したのだが、いつも発表会に来てくれていなかったりで、最後の方の私の仕事を聞いてくださっていなかったのだ。

もうさきがけが終わってから4年くらい経つが、彼の前で今の仕事を見てもらい講評をいただかない限り、私は卒業出来たことにならないと思っていた。別の用事もあって、思い切って「卒業プレゼンをさせてください」とメールしたら、喜んで聞いてくださるとのこと。

結果として2日連続のドカ飲みの疲れか、プレゼン中にガソリンが切れてしまい、自分では「ああ、うまくやりきれなかった」という反省が残ったものの、いつも厳しいK先生からは「よくやった」と認めていただいた。肩の荷が下りた。

その後も今後の研究をどう進めるか、奇想天外なK先生と話していると次を目指して頑張れる気持ちがじわじわと湧いてきた。

その後は学会のシンポジウムの打ち上げを梅田で。食事とアルコールが入ってようやく少し元気になった。新幹線の最終の時刻を間違っていて、大阪駅までダッシュ、なんとか間に合った。自宅にたどり着いてから頂いたシンポジウムのDVDを見て就寝。

今日は大学のプロモーション用のビデオ撮影、実験、セミナー等。明日も飲み会があります。今日くらいは休肝日かな。
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by hisaom5 | 2014-01-24 19:47 | 日記
長かった・・・基本的には「二重らせん」のワトソンの自叙伝だ。本の大半は、膨大な人物とエピソードからなる私たちにとっては全くどうでも良い、ワトソン自身の経験である。

ただ時折、DNA構造の発見当時の話や、教科書を書く話、研究の話などが出てくる。でもそれもあまり対して面白くないのだ。

一方で、各章には「忘れられない教訓」というものがあり、科学者のキャリアーにおける各ステップで、どう振る舞うべきかが書かれている。これが大変に参考になる。うまく「売れる本」を作ったものだ。

とにかくワトソンは歯に衣を着せないというか、登場人物のほとんどを悪し様にけなしている。率直とも言えるが、よくまあこんな風に書けるものだ(おそらく「二重らせん」の時の、一歩間違えれば訴訟状態をクリアーした経験によるものだろう)。また、彼のとことんがめつい性格が存分に現れてもいた。

1つずつの文章が長いのと、翻訳が悪いせいか、かなり読みづらかった。本に直接ペンで文章の構成
をなぞりながら読んだのははじめてだ。だがこれが結構良いことがわかった。だんだんと筆者の文書の特徴もつかめるようになった。
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by hisaom5 | 2014-01-22 17:04 | 読書

息子の立志式

昨日は、中二の息子の立志式だった。妻は小学校の学校公開に行ったので、私は息子の方に行った。

体育館での全体の式(これは行かず)の後、クラスでの立志式。子どもたちがそれぞれ立志式に当たっての決意の作文を読む。

「14年間育ててくれてありがとう。」「これからは人の気持ちの分かる人になりたい。」「将来は災害救助ロボットを作る人になりたい。」などの立志式らしい発表の数々。私も少しうるっとする作文もあったり。

息子の目標は「1日に5教科のうちどれかを勉強する。それが出来たら9教科まで広げる。テストの点が下がらないように・・・暗記を頑張る。」

それ3学期の目標じゃん。

「おまえ、親に感謝するとかないのか?」
「それは20歳になったらする。」

「1日に5教科のどれかって・・・全部じゃないのか?」
「そんなん書いたら、ほんとにしなくちゃだめになるじゃん。」

まあ、あんまり「素直な良い子」すぎるのも気持ち悪いので、これでいいと思います。昔から変わったやつやったしね。
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by hisaom5 | 2014-01-19 18:45 | 日記

ちょっとノッてる。

新年早々はいつもそうだが、ノッてる。

「毎日ラボプロジェクト」は、センター試験にも関わらず実行。以前から何度もトライしては頓挫していた実験に挑戦する。岡山に来てから少しずつ作ってきた実験系。いい感じで動いている。・・・問題は論文として発表するには随分先が長そうということ。まあ趣味的に気ままにやろう。

この週末のポイントは、家族イベントがありながらも時間を見てラボに入ったことだろう。そういうのはメンタリティーの問題。つまり今はノッているということだ。

今日も車両での乗入れが規制される前の早朝にやってきて実験の様子をみて、家族イベントをこなした後、16kmほど走ってからまたラボに。

来週は2つほど出張があるのでリズムが崩れるが、ノリだけはできるだけキープしよう。
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by hisaom5 | 2014-01-19 18:34 | 日記
今日も週末に仕込んでいた実験の続き。これまでずっと繰り返してきたルーチンワーク、プラスミド構築である。

プラスミド構築は、ルーチンワークではあるが、プラモデルを作るようで楽しい。実験を考え、つくろうと思うプラスミドを設計して、実際に作る。デザインする時は完成品がもたらしてくれる実験結果を想像して楽しむし、プラスミドが完成した時には純粋に「ものを作った」達成感もある。さらにそれが思い通りの実験結果をもたらしてくれたら言うことはない(しかし、これはなかなか思うようにはいかない)。

というような作業を、ラボヘッドである私がやっているのは果たして効率的なのだろうか、と疑問に思う。作業はプロトコル化しているし、分子生物学実験を身につけた人ならほぼ間違いなくできる実験である。

実際に、私の研究室で働いていただいた研究補佐職の人で、これが出来なかった人はいない。私だって、この実験が好きで好きでたまらない、ということでもない。

ただ言えることは、手を動かしている時にはその対象に集中しているので、デスクに座って結果をもらって指示を出している時とは違う発想が生まれてくるということだ。構築にしても、別のもっと効率のよい方法がふっと出てきたりする。

後は、誰かが結果を出してくれるのをじっと待っているのではなく、自分の手で進めていけるという良さがある。自分が知りたい結果を自分が律速になりつつ進められるので、ストレスが少ない(かもしれない)。

とまあ色々書いたが、実験は時間と集中力を要するので、なかなか片手間には成功させられない。この年末年始のような時間とエネルギーを使う「別件」が入っている時に、私自身が実験を継続することは難しい。だからラボに入れている今は、ある意味幸せなのかもしれない。若い頃は自分が実験するのが億劫でしょうがなかったのだが・・・。

今年はなるべくいろいろな用事が入っても、時間を使ってラボに入ろうと思う。それをどこまで継続できるかに挑戦だ。
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by hisaom5 | 2014-01-14 18:33 | 日記
今日も休み。ついこないだ正月休みだったばかりなのに。

予想外のアクシデントがあって、娘と妻をバレーボールの会場まで送る。北の方で、うっすらと雪が積もっていてとても寒かったが、「冬の田舎」感がなんとなく良かった。会場の近くの野菜直売所でネギを買ってかえった。

帰りにラボにより少し実験しつつ、今ブログを書いている。

かつて日本人は働き過ぎと言われていた。私の知る限り、海外(アメリカ?)の圧力により週休二日が導入されて、祝祭日も含めてたくさんの休日ができた。私は以前、それが世界標準であると思っていた。

ところがアメリカに行って驚いたのは、アメリカももちろん週休二日だが、祝祭日を休みにするかどうかは事業所の判断で決めていて、日本より休みが多いなんていうことは決してないということだった。

働いている人たちは土曜日だって働いていた。日本人はだまされて働かなくさせられているんじゃないかと思った。

私は、比較的ほかの業種に引きずられない自由な職業なので、自分が仕事をするかどうかを他の人が仕事をしている日かどうかで選ぶ必要はない。だが、子供がいるので、学校が休みでかつ妻が何らかのイベントに参加しているときには、子供のおもりがあるので職場に来ることができない。子供が社会との接点なので、私も強制的にリズムを週休二日にせざるを得ない。

DNAの構造を明らかにしたワトソンがその著書のなかで、「人間の脳のリズムは7日のサイクルにはなっていないので、日曜日に休むことはナンセンス」というようなことを書いている。そのとおりだ。いったん脳を研究から離してしまうと、立ち上げるために時間もかかってしまう。だから今年は意地でも毎日研究室に来ると決めた。


こういうことを書くと「働かされている」と感じている人からは批判されるのかもしれない。また、休日だから出来るアクティビティ(例えば今日の娘のバレーボールなどもそうだ)を重視している人からも反対意見が出てきそうだ。

それに、我が家に3人も子供がいるからこういうことになっているとも言える(それによって得ているものもある)。職場に子供を連れて行って研究をする人の話もよく聞く。

ただのボヤキなのだ。私の立場の人間のボヤキなのだ。

だから、他人やシステムのせいにせず、今の自分で出来うる限りの努力をして、現在の自分が満足できるレベルで頑張る、それが大事なのだろう。

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夕方妻がかえってきたので、ラボに入り実験。書類もちょっと触った。娘が一緒に行きたいというのでつれてきた。実験しているのをみていた。
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by hisaom5 | 2014-01-13 10:08 | 日記