独り言シーズン5


by hisaom5
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長岡から友人が来た。次の日から始まるワークショップの前入りである。前回来た時、私が長岡に行った時と温泉に行っているので、今回も温泉に行くことにする。近くにある、割と古くからある温泉施設に行ってみる。最近、健康ランド的な施設があちこちに出来たので経営にも苦労しているんじゃないかと思ったりもするが、私たちが行った時には、おばさま方の団体が来ていた。

岩盤浴をして、露天風呂に入りながら、あまり景気の良くない話をした。その後、いつも行っている地ビールの店に行き、また、景気の良くない話をした。そのまま歩いて駅前まで行き、ラーメンを食べて解散。

私はその後、Ingressのポータルをハックしながら帰宅することにした。いつも駅前から30分くらいかけてひたすら歩いて帰るだけだったが、Ingressをやっていると歩くことにも目的ができる。

以下は、Ingressをやっている人しか分からないと思うが、面白い体験をしたので。

夜の真っ暗な運動公園で、エネミーポータルをハック、多少の攻撃をやっていた時のこと、目の前でエネミーポータルがあっという間に破壊されニュートラルに。ラッキーとばかりにデプロイしまくった。すると、周りのエネミーポータルが次から次へとニュートラルになっていく。

「え?もしかして私のためにやってくれてる?これが世に聞く、上級者が下級者のレベルアップを助けている状態か!」、周りを見回すと確かにライトを灯した自転車が止まっている。しかも二人組のようだ。さらに、彼らのデプロイの名前を見ると・・・いつも職場の近所のポータルを占領している上級者たちじゃん!・・・彼らは間違いなく近くの学部の学生たちだ。

さすがに恥ずかしくて木の影に身を隠したりしながらも、でもレベルアップはしたいので、忍者のように移動してポータルに近づき次々とデプロイしていく。彼らは自転車、こちらは徒歩なので、裏をかかないと見つかってしまう。いや味方なのだから見つかってもいいのかもしれないが、こちらがおっさんだとバレるのは非常に恥ずかしい。

・・・というわけでおかげさまでたくさんのAPを稼がせていただいた(レベルアップは出来なかったが)。とりあえず、「お世話になりました」とメッセージを送り、帰宅した。あとで気づいたのだが、私あてに「ファーストデプロイしちゃってください。」というメッセージが来ていた。いつも近場で戦っている下級の私のことをは、もちろん上級の彼らは知っているのだろう。

それにしても、真冬の深夜の運動公園、歌っている人たちがいたり、撮影をしている人たちがいたり、スケボーをしている人たち、ジョギングをしている人たちがいたり・・・そして、スマホでゲームをしている人達もいる。

Ingressをやりながら感じたことがある。

私は小学校高学年くらいから、近所のゲームセンターに通うようになった。そこに友だちがいるわけではない。ゲームがしたかったので、一人でそこに通い、たいていは一回だけゲームをして帰った。私が住んでいた地域の当時のゲームセンターといえば、不良の溜まり場だったので、不良に絡まれないように行って帰るのは結構勇気が必要だった。

余談だが、中学校時代のエピソード:ギャプラスというシューティングゲームをプレーしていた時の話。いつものようにプレーしようとやってくるとハイスコアが変わっている。私がそれを破る。また次の日そのハイスコアが破られている。それを破る・・・。ある時、たまたま居合わせて、ハイスコアを競い合っていたのが中学校の同級生だった辰吉丈一郎であることを知った。

話がそれた。運動公園という「フィールド」でIngressをやりながら、「ああ、子供の頃にゲーセンに行った感覚に似てる」と思ったのだ。あるいは、大学生くらいになって、バーチャファイターをやるためにゲーセンに通い、知らない、だけどいつも見る奴と戦うという感覚に。

だけど、Ingressはいくつかの点で違う。まず、最も違う点、そして私がそれに参加できる理由は、「お金がかからない」ということである。今は学生時代のようにゲームにお金をかける気にはならない。次に、フィールドがやたらと広いということ。歩きまわったり走り回ったり、自転車で動きまわったり。

ただちょっと気持ち悪いのは、近くで戦いながらスマホを眺めて、スマホを通じてコミュニケーションする点。・・・友達同士でやるのは楽しいだろうが、私のように「ソロ」でプレーしている場合には、しかも私のようなおっさんの場合には、なるべく「見られたくない」。

そこをどうクリアーするかが今後の課題のような気がしている。そんなことを「課題」にすんなって?!いいじゃないのぉ〜。



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by hisaom5 | 2015-01-31 18:24 | 日記

生産せよ

昨年末リバイスを投稿した論文、アクセプトの連絡が来た。

まあ、「アクセプトは当たり前」の投稿先ではあったし、その状況ではあったが、嬉しくないと言えば嘘になる。以前の論文で「宿題」として残った内容を、グラント申請の予備データのために掘り下げ(グラントは落ちた)、そのまま学会発表用に仕上げ発表したら思ったより評判が良かったので、論文発表まで持っていった形。リバイスでどんでん返しがあったが、これは良い方に転んだといえる。

論文出版のパターンは本当に様々。今回も「新しい体験」がいくつもあった。

それにしても、どんな論文でも出版するのはそれなりに苦労がいるものだ。・・・とはいえ、このレベルの努力で発表できる論文で許してもらえるならば、サイエンスもそんなにしんどくはないと思わなくもない。

次の論文、「ライティングタイム」を習慣づけ、書き始めた。これは、かなり暖めてきた仕事。少し気合を入れて「高み」を目指したい。ただ、まだ暗中模索の状態。どんなストーリーになるか、書きながら「神」が降りてくるのを待つことにする。
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by hisaom5 | 2015-01-26 22:32 | 日記

40代の男は走れ

新書のようなタイトルで、以前から思っていた(酒の席ではよく展開している)、持論を展開してみたい。

40代の男は走るべきである。それは以下に述べるいくつかの理由による。
 1.考えても無駄な悩みを吹き飛ばせ
 2.成長し続ける自分を感じろ
 3.家族から一時的逃避せよ
 4.そのオマケとして健康増進

1.考えても無駄な悩みを吹き飛ばせ
40代は、悩み多き時代である。人生のうちでも幸福度が最も低く自殺も増え始める年齢である。仕事や家庭でがんじがらめ、先のことを考えると不安ばかりがつのる。だが実際のところ、悩みのほとんどは自分ではコントロール出来ない。「悩んでもしょうがない」のだ。

そんな時・・・走れば良い。走ると、悩みのほとんどは「ま、いっか。」と思うようになる。なぜかはわからない。(ちゃんとした研究があるかもしれないが)私の分析では、走ることは肉体的・精神的に苦しく、生存に対するストレスとなる、この強い生存に対するストレスのせいで、その他の生存に危機を及ぼさないストレスが、「たわいのないもの」に思えるのではないだろうか。

50代で東京No.1のある教授は、「私も色々とビジネス書や啓蒙書を読んだけど、大して役に立たなかった。役に立ったのは、走ることだよ。」と言った。はじめは意味がわからなかったが、今なら意味が理解できる。

2.成長し続ける自分を感じろ
これは、若いころに長距離を走るのが嫌いだった人ほどよい。40代は、体の衰えを急速に感じ始める時期である。健康診断でも色々と引っかかり始める。目も衰え始める。毛も大量に抜ける。・・・老化が迫ってきていることを感じ始める時期である。今こそ、走ろう。はじめは歩くようなスピードでいい。だんだんと距離を伸ばしていこう。ランナー膝がやってくるが、休まず続けて乗り越えよう。

そうすると、自分でもびっくりするような距離を走れるようになる。若いころに走ったこともないような距離が走れた時、「まだまだ自分は成長できる」と感じられる。前に進む元気が湧いてくる。

3. 家族から一時的逃避せよ
40代は、子育ての真っ最中。せっかくの(?)休みも家族のイベントで費やされる。休日のほうがむしろ疲れることもある。そんな時、「健康のために走ってくる。」と家族に言ってみよう。断られることはほぼ無いだろう。後は、小一時間その辺をぶらぶら走ろう。その開放感たるやたまらない。その前後の、家族のイベントに全力で取り組むエネルギーも湧いてくる。

4. そのオマケとして健康増進
40代は、メタボリックシンドロームとの戦いだ。あるとき突然、健康診断で「E 判定」を突きつけられる。たいていのE判定は、走って痩せれば解消される。私の知り合いで40代でランニングを始めた人は、健康診断で「あなたは、息をしていない。肺の奥まで空気が入っていない。」と言われて、慌てて走りだしたそうだ(その人はその後フルマラソンも完走した)。

ただ、「健康増進」を第一のモティベーションとして走ることは、私はあまり勧めない。上記の人のようによっぽどの状態でなければ、走り続けるモティベーションとしては弱いからだ。それよりは、上記の1〜3のように、もっとポジティブなモティベーションで走るほうが、楽しく走れるだろう。「家族からの逃避」がポジティブなモティベーションかどうかは、捉える側によるかも知れないが・・・。


まずは、5km走ろう。走り終えた時に、得も言われぬ爽快感、晴れ晴れとした気持ちを感じたら、今こそランニングを始める時だ。
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by hisaom5 | 2015-01-24 17:23 | 雑記
最近、過去のブログを読みなおしたりしている。かれこれ12年近く書いている。

最初に始めたのは留学先で(ちょうどその頃、ウェブ日記とかブログのサービスが始まった)、留学先の体験を(自分で言うのもなんだが)面白おかしく書いていた。

帰国してからは、主にラボでの体験を書いていた。「システムバイオロジー」を始めたところだったし、エキサイティングなプロジェクトにいたので、いろいろと内部の事も含めて書いていた。

上記の頃は、まだブログが掘り起こされて「炎上する」ということもあまりなかった。おそらく、Twitterなどの、あっという間に世界に広まるSNSがなかったせいだろう。この1,2シリーズのブログは今は非公開にしている。かなり際どいことが書いてあるからだ。

次に、セルフプロモーションも考慮したシリーズ3のブログを始めた。このブログは、広い読者も意識しTwitterにも連携し、書評なども書いた。ブログにコメントがわりとついていた時代である。これは非公開にせずそのまま残している。

シリーズ4。大学に移り、ラボをセットアップする頃のことを書いている。これもTwitterに連携。ラボ運営やら学生の始動やら出張やらの日記に近いブログ。

この頃から、ブログの炎上が話題になり始めた。私も、これまでの立場とは違って「うかつなことが書けない」状況になってきたと思う。このブログには、公開と非公開が混じっている。そして、「うかつなことが書けない」立場が強まり、がんじがらめな社会の雰囲気も反映して、このブログも終了した。

現在のブログは、今も混迷しながら書いている。何が書けるのか、何を書いてはいけないのか、公開にすべきネタなのか、非公開にすべきネタなのか。TwitterやFacebookなどのSNSと連携すべきなのか(身分を明かすべきなのか)、あくまで身分は明かさず続けるべきなのか、アクセスが増えたら嬉しいのか、増えないほうが嬉しいのか・・・。

基本的には読者は想定せず、その日その日で自分の頭に浮かんだ「ブログに書こう」と思うことを書いている。昔もある程度そう思いながらやってきた。

以前、私のブログを長い間フォローしてくださっている方々に会って、「ブログが面白くなくなった」、「ネガティブなことばっかり書くな」などと言われることがあった。確かに、昔のブログを読んでいると面白いことを書いている。周りのいろんなことに感心したり、ムカついたりしたことをストレートに書いている。それはなくなった。

けど、それは「書かなくなった」というよりも「そんなことにいちいち感心したり腹を立てたりしなくなった」ということでもある。ブログに書くほどではないと思うようになったのだ。これは、「感性が衰えた」とも言えるのかもしれないし、「大人になった」と言えるのかもしれない。

そして、今私が書いていることは、今の私が日々考えていることそのものだ。敢えて読者を想定して何かを書く必要はない。自分の書きたいことを書く。それが私のブログなのだ。私の書いた内容に価値を見出す、私と同じような人生のステージにいる人もいるかもしれない。そんな人には少しは役に立つかもしれない。

ただ、そんなこととは無関係に、数年後の私にとっては、自分を振り返る財産となることは違いない。だから書く。

まあしばらくは、ブログで何を書くか、暗中模索が続くのだろう。

ーー

この話題に関係して、ふと気がついたことがある。寺田寅彦氏が書いた「ジャーナリズム雑貨」である。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2492_10275.html

ジャーナリズム(特に新聞記事)は、実は、文章として印刷されるものではあるが、「消え物」である。賞味(消費?)期限は非常に短い。ウェブ上に載せられた新聞記事も、しばらく経つとリンクが切れる。新聞記者は、ある程度そういう覚悟で、記事を書いているのだろう。

ブロガーも、ある程度の期間が来れば、(半ば自動的に)記事を非公開にすれば良いのかもしれない。そうすれば、自分の書いたこと全てに責任を持たなければならないリスクは下がる。過去のブログを切り離してきた私のやり方はあながち間違っていなかったように思う。

実際、過去のブログが残っていると悪い影響があることもある。よくあるのはパソコンでトラブった時に検索をかけて、引っかかってきたブログ記事が、実は過去のOSであって今に適応していないというような状況である。まあ、過去のOSを使い続けている人が同じトラブルで検索しないとも限らないので、この記事を閉じるべきかどうかは悩ましいところではあるのだが・・・。記事の検索に「新しさ」というパラメータを加えればよいのかもしれない(出来るかどうか知らないが)。

いずれにせよ、そういう「過去を切り離す」構図のブログなら、割とちゃんとオープンにできそうな気がしてきた。アクセスの多い記事だけは、残していく形にするとか。
ちょっと考えてみよう。


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by hisaom5 | 2015-01-23 21:41 | 雑記

時計を買った

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ブログをスマホから投稿する練習もかねて。スマホで写真をとり(テキストを書くのは面倒なので)、非公開にして投稿、後でパソコンで編集するというのをやってみる。この手段にもっと早く気づいておけば、もう少し写真の多いブログになっていただろうに・・・。これからは少しこの手段を積極活用してみる。

もう何年も腕時計をしていない。正装の時にアクセサリーの代わりとしてつける時計は持っているが、普段はスマホがあれば十分だからだ。最近、ランニングにハマっているので、ペースがわかるような時計がほしいなとAmazonでサーチ。特にGPSが付いているものが良いのだが、いかんせん高い。時間だけがわかってもあまり意味が無いことがわかったかわりに、タイマーやストップウォッチが付いている時計で評判がいいものを見つけた。

職業柄、手元にタイマーがあると便利だ、ということで何十年かぶりに?時計をかった。使えなかったら長男にやろうと思っていたが、結構使える。しばらくは使い続けてみるつもり。


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by hisaom5 | 2015-01-22 19:38 | 日記
家で妻が使っているiMac、とんでもなく遅くなっていた。妻にOSやMS Officeのアップグレードを何度か提案したが、「この案件が終わってから」と何度も言われ、延期に延期を重ねてきた。

私は、「使っているパソコンが遅いことは、人生の時間の無駄使いである」と思っている。他にも「時間の無駄使い」といえることはあると思う。ゲームをしている時間、テレビを見ている時間、排泄、お風呂、移動時間。あるいは、単にぼーっとしている時間。でもそれらは、そうせざるを得ないちゃんとした理由があるとともに、使い方によっては人生に喜びを与えてくれたりもする。ぼーっとすることで、ストレス解消になったり、新しいアイデアを生むこともあるだろう。一方、人がパソコンを使うという場合、なにかやりたいことがあって操作しているわけで、パソコンが遅いということは、その作業の時間が余計に無駄にかかるということにほかならない。大抵の場合、少しのタイムラグがあるだけなので、本人は他のことをせずに「待つ」しかない。

スティーブ・ジョブズは、「世界中で500万人がMacを使うようになると、1日10秒起動時間が余分にかかるだけで、年間で3億時間=100人分以上の人生に相当する時間が節約できる」と言ったとか。そういう考え方はとても大事だと思う。まあそんなわけで、私自身も最近、遅くなってきたMacProを何とか早くさせようとメモリを増やしたりSSDを導入してみたりしたのだが、あまり改善しなかったので、新しいMacPro(通称「ゴミ箱」)をかなりの投資をして導入した。まだもっさりしているソフトウェアはあるが、それが「最速」なのだと思えば、しょうがないと我慢できる。

前置きが長くなったが、いよいよ遅くてたまらんということで、今あるもので改善を試み、それでもダメなら新しいものを購入するという事になった。調べて見ると購入したのは7年以上も前(iMac Mid 0007)、iMacがアルミ筐体になった最初のものだ。OSは、10.5(Leopard)のままだったので、まずはOSのアップグレードを行う。

フリーになっている最新OSのYosemiteを入れようと思ったら、まずは、Snow leopard(10.6.8)以上にしなければならないと。これはダウンロードでは手に入らない。昔のDVDを引っ張り出してきてインストール&アップデート。MS Officeも2011にアップグレード。深夜に終了し、さあYosemiteと思ったら、メモリが2GB以上ないといけないと。・・・ネットで調べてみたら、2G x 2で一万円程度。古いMacに対応するメモリが売っていることに驚いたが、ポチってその日は終了。

2日後にメモリが届いたので、メモリを装換。これでずいぶん早くなった。さらにYosemite導入、iPhotoをアップグレード。まだ少しもたつくが、15万円で新しいものを買わずに、1万円で延命できる範囲なので、家作業用にはこれでよかろう。それにしても、最近はパソコンの寿命が昔よりずいぶん長くなったと感じる。


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by hisaom5 | 2015-01-21 20:42 | 日記

手記への反響

昨日のブログに書いたデジタル化した手記をFacebookにアップしたら、思わぬたくさんの反響があった。

今読み直してみて、実際、よくかけているなぁと思う。短い文章を積み上げ事実を述べながら、自分の感想や前後関係を間に挟み込んでいる。非常にスピード感と迫力がある。よくこんなもん書いたなと思う。

実際には修士論文を書くべくパソコンの前に座り、この文章を完成させることを再優先していたあの頃。誰かに読ませるつもりで書いたのではなく、単に貴重な経験を記録として残しておきたいという気持ちで書いたものだ。

多分、こういう文章は今はもうかけない。若かった頃、体験した直後であるからこその勢いがあるんだろう。自分でもかなり響くこの文章は、たくさんの方の心に響いたようだ。

実際、当時この手記を、お見舞いを下さった親戚に御礼の手紙と一緒に送ったら、親戚の1人が新聞社に見せて、二回に分けて掲載された。大きな見出しは、個人的にはこっ恥ずかしかったが、地元の友達の多くはこの記事を知っていた。

震災の直後、私は実家に帰った。親は私の体験を聞こうとはしなかった。私がきっと辛い体験をしただろうからと気をつかっていたのだそうだ。ところがどっこい、私はその体験を文章にしていた。そして、親はきっと親戚への手紙から間接的に私の体験を知った。

いずれにせよ、この手記をFacebookにあげ、たくさんのコメントをもらったことで、震災から20年にふさわしく、あの日からの20年を振り返る非常に良いきっかけになった。
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by hisaom5 | 2015-01-18 22:03 | 日記

あれから20年

私は阪神大震災の時、震度7の地域にいて、住んでいた木造の下宿がつぶれ生き埋めになり、その後救出された。そこからさらに3年、神戸の復興とともに大学院生時代を過ごした。

最近はあまり振り返ることはなかったのだが、20年の節目であり、友人のFacebookの投稿やそれに対するコメントを見ていて、自分も当時のことを少し思い出すことにした。黙祷をするつもりは特になかったのだが、たまたま地震の時刻の20分ほど前に目がさめたので、そのまま起きて、黙祷をして、Twitterに投稿した。

当時の手記と新聞記事をスキャナーで取り込んでデジタル化し、ついでに内容を読んでみた。

何度も読んだことのある文章なのだが、読んでいるうちに涙が浮かんでいた。もしあの時死んでいたら、私の家族や友人はどれほど悲しんだだろうと考えた時の涙かもしれない。もしあの時死んでいたら、今手に入れられているものを手に入れられなかったのだと思った時の涙かもしれない。あの時に失われたたくさんの人たちの、家族や友人の悲しみ、失われた未来を思った時の涙かもしれない。

生きているわけだから、その時どういう幸運があったのかなどと考えてもしょうがないと思っていたが、今じっくりと考えてみても、本当に「九死に一生を得た」状態だとしか言えない。偶然とはいえ死ななくてよかったと思う。

こういった経験をどう人生に活かすかは色々やり方があるだろう。「与えられた命なのだがから、使命に燃えて、全力で人の役に立つ人間として生きる」となれば美談ではあるが、そんなに簡単ではない。ただ、「私」という存在が、これまでの20年間ーそして今後も生き続けているといる意義が、周囲にとっても自分にとっても、あるような生き方は続けなければなるまい。


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by hisaom5 | 2015-01-17 17:11 | 日記

よくやった。

3日間の出張が終わった。2つの仕事があって、両者ともそう簡単に片付けられるタイプのものではないハードルがかなり高そうなもの。2つ目の仕事は特にはじめて体験なので要領も良くわからなかった。ただ終わってみると、両方共私に求められていた仕事はちゃんとパフォームできたとおもう。

3日間という期間があってよかったと思う。最初の2日間の仕事は、元ボスとの関係での英語での仕事で、初日はセミナーを聞いてディスカッションをするのだが、やはり調子があまり出なかった。次の日、私自身がセミナーをし、一時間英語でしゃべり続けたらエンジンがようやく掛かった。その後の今後の方向性を決めるディスカッションもとても充実したものになった。私がいなければ成り立っていなかったことは確かだろう。必要とされた仕事が最後にようやくできた。結果としてゲストとも仲良くなれる時間を持て、また海外との新しいつながりができた。実際、そういうコネクションはほとんどすべて元ボスに機会を作ってもらっている。そして、それがコネクションをつくるやり方の勉強にもなる。つぎに海外の学会に行くのが楽しみになった(行ってちゃんとテンションを保てるかは問題だが)。

今日は日本語での仕事ではあったが、やったことのない相手への講演とディスカッション。これも、実は元ボスのラボにいるときに元ボスについて行って、どういう性質のものか大体想像ができたのが助けになった。にしても破格の対応で、私はそんなにコストをかけられるような人材なのかと思ったりもしたのだが、まあ海外から研究者を招聘するコストを考えたら大したことはない。さらに、訪ねていった研究所の巨大かつゴージャスなこと。金はあるところにはあるんだ。ここでも、まあ多分望まれたパフォーマンスはしたのだろうと思う(もちろんできることしかできないわけだが)。

というわけで、この3日間は私個人として割と良い仕事をしたと評価して良いのだろうと思っている。自分自身の研究についてもフィードバックも貰ったし、頑張ってまとめていくエネルギーももらった。いつもこういう満足の行くパフォーマンスができればよいのだろうが、そう簡単ではないだろうな。それにしても、今回も懇親会でスケールのでかい話をたくさんしてくださった元ボスが与えてくれた経験はいまだに生きているのだと感じる。

ーー

あ、そうそう。3日目の今日だけジョギングできた。毎晩沢山飲んで寝て、起きたら少し風邪気味で、また泊まったホテルが駅前の賑やかたところだというところもあり、走るのに躊躇したのだが、せっかく重い思いをしてウェアや靴を持ってきたのだからと、今日は頑張った。山坂道を登り7キロほど。距離は短いが少しは走っておかないと。


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by hisaom5 | 2015-01-16 20:12 | 日記

明日から横浜出張

明日から横浜への3日間の出張。ミーティングに参加して講演して。

明日・明後日のミーティングは全て英語で行われる。懇親会も含めて。そういう経験がないわけではないが、そう多くもない。うまくやれるのだろうか。講演も初めてのタイプのもの。期待に答えられるのだろうか・・・。

とまあ、あんまり考えてもしょうがない。こういう経験が自分を成長させるのだ。「当たって砕けろ」と思って準備すべし。

ジョギングだけはちゃんとやるのだ。そしてIngressも。出張にそういう「付加的な楽しみ」はつけておきたい。


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by hisaom5 | 2015-01-13 20:19 | 日記